連帯経済情報@日本語

Archive for 10月 2012

このブログは連帯経済のほうがメインですが、連帯経済はその先駆者とも呼ぶべき社会的経済と一体化して社会的連帯経済と呼ばれることも少なくありません。この社会的連帯経済は、ここ数年アジア諸国でも話題になることが増えてきましたが、当初(2005年頃まで)はラテン欧州(仏伊西)・ケベックおよび中南米といったラテン諸国でのみ認識されてきた概念と言ってもかまわないでしょう。

その一方で、英米など英語圏諸国、そして韓国や香港、東南アジアなど一般的に、社会的連帯経済よりは社会的企業のほうが話題になることが多いと思います。

このように、利益追求一辺倒ではない経済という概念自体は、英語圏諸国にもラテン諸国にも存在しますが、英語圏では社会的企業、そしてラテン諸国では社会的連帯経済という概念が一般的です。

この理由として考えられるのが、両概念が生まれた1980年前後における英米と仏の政治体制の差です。英米はサッチャー、レーガン両政権の下で新自由主義的改革が始まった時代でしたが、その際に新自由主義だけではうまく行かない点として社会的企業が、あくまでも営利企業という資本主義の枠組みを守った上で、その中で注目されたと言えます。その一方で、そのような新自由主義に懐疑的だったフランスで誕生したミッテラン政権(社会党)は、資本主義の枠にとらわれずに、協同組合やNPO(仏ではアソシアシオン)、共済組合などが主役となる社会的経済という概念が注目され、ラテン諸国を中心に広がっていったものと思います。

その後、1990年代以降になると、英語圏とのつながりが強いアジア諸国でも社会的企業という考えが入ってきたのに対し、新自由主義に辟易していた中南米では、社会的経済をさらに進めた連帯経済という考え方が生まれ、欧州にも逆輸出しながら社会的連帯経済という形で統合されていったと言えます。

アジアの場合、政治的・経済的・言語的そして文化的にラテン世界よりもアングロサクソン諸国とのつながりが強いため、社会的企業という表現およびその表現で言及される概念が普及することになりましたが、ラテン的連帯経済の流れ(協同組合など非資本主義的概念)と合流するのか、それとも今後もアジア的連帯経済(社会的企業がメイン)のままになるのか、注目すべき点だと思います。

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アジア連帯経済フォーラム2012が10月1日(月)から3日(水)にかけて、インドネシア・北スラウェシ州マナド市にあるサム・ラトゥランギ大学の国際ビジネス経営学院(IBA)で開催された。17カ国(欧州5カ国およびカナダを含む)から数百名がこのイベントに参加し、アジア各地で生まれているさまざまな経験を共有および学習した。

初日(10月1日(月))は、北スラウェシ州のシニョ・ハリー・サルンダジャン州知事のメッセージを含む開会式から始まった。その後インドネシア人研究者4名が、コンラート・アデナウアー財団の招聘によりドイツを訪れ、同国での社会的市場経済の実践について学んだ内容を報告した後、Bina Swadaya(インドネシア)のバンバン・イスマワン氏が連帯経済に関する展望を発表した。彼はベンジャミン・キニョネス(ASEC会長、詳細は後述)による連帯経済の定義、すなわち“社会的企業により推進される経済”について言及し、彼による3P(「人々、地球および利益」、People, Planet and Profit)を紹介し、インドネシア企業のうち99.2%が中小企業であることを強調した。また、連帯経済について“経済活動を行っているが貧しい人たち,”のためのものであるとして、高齢者や若年層、あるいは最貧層や通常の中小企業を運営可能な層を除外した。中小企業の設立を実現する上でのマイクロクレジットの重要性を強調した後、コミュニティ組織の最善形態は“活発な会員活動”、“選出されたリーダー”、”経済的 + (社会的・教育的)” 活動および“民主的参加”を伴った自主運営組織だと説明した。このような組織は“相互学習および教育、問題の特定、意思決定、資源の活用および第3者との対話における装置”であると語り、その特徴を “収入創出への目標設定”, “開かれた気持ち”および“民主的”であると指摘した。

続いて、アジア連帯経済評議会(ASEC)のベンジャミン・キニョネス理事長が登場し、社会的連帯経済に関する彼の定義についてさらなる情報提供を行った。この部門を公共部門と民間部門のどちらにも属さないものとして定義した後、 “所有および資源管理への人々の参加”および事業の共同所有者としての“利益の共有”を強調した。彼は“連帯”、“相互依存”および“人間関係の構築” を“啓発的価値観”と特定し、ガバナンス、倫理的価値観、提供される社会開発サービス、環境保護措置および持続可能性の観点から社会的連帯経済を評価する枠組みを提示した。ウタラ大学(マレーシア)のダト・モハマド・ユソフ・カシム教授が協同組合の重要性を強調した後、ケバンサン大学(マレーシア)のデニソン・ジャヤスリア教授は、企業の社会的責任(CSR)同様に協同組合やマイクロクレジットが、市民社会において持続可能な開発を達成する上でのカギとなると語った。

午後にはワークショップが5つ(経済的安全、社会的に責任のあるガバナンス、社会福祉の拡張、健康な環境および価値の啓発)開催され、その後サム・ラトゥランギ大学のパウルス・キンダンゲン教授が、資本主義が多くの人を疎外していることと、貧しい人たちをエンパワーすることの重要性を強調し、連帯経済を “資本主義の不公正な経済慣行からの出口”と定義する一方、資本主義を廃止するのではなくそれとの共存を目指していた。 彼はインドネシア憲法の第33条に言及し、協同組合の役割が“インドネシアにおける経済的民主主義の創造あるいは創設において重要な機関”と規定されていると述べ、“ゴトン・ロヨン”あるいは “マパルス”(日本語の「もやい」に相当)という単語を紹介し、政治的干渉については“共同組合が失敗した理由の一つ”と批判した。インドネシア銀行(同国の中央銀行)のスハエディ氏は金融的包摂をインドネシア経済における最大の課題のうちの一つであると語り、ヴィヴィ・ジョージ女史は女性の生産活動におけるマイクロクレジットの経験を共有した。

2日目(10月2日木曜日)は、2万名近い人の命を奪った2011年の東日本大震災の津波により壊滅的な被害を受けた沿岸地域における地域再生という困難な業務について、PARCICジャパンの井上礼子女史が行った発表から始まった。彼女はソーシャル・キャピタル、市場および経営管理スキルこそが、連帯経済の発展において最も必要とされる要素であると強調した。南スラウェシ州マカサル市はハサヌディン大学のウィム・ポリ教授は、連帯経済を築く上で同情を超える必要があることを述べた。そしてフィリピンの持続可能社会財団のジェイ・ラクサマナ氏は、フィリピンとスイスの両政府間で合意された債務を開発資金に充当するスワップの結果創設された同財団について語り、社会的企業の創設および地域経済の発展への同財団の取り組みについて語った。そしてケーススタディとして、中部ジャワ州のプヌル流域における農業を推進する取り組みについてアリ・プリマトロ氏が語り、3つの達成事項(自助グループの推進、事業開発サービスおよび市場とのつながり)を説明した。ギアン・マンサ氏は、竹の手工芸品についての体験を語った。そしてフィリピンはオン・イーグルズ・ウィング財団のジャン・マリー・ベルナルド女史は社会的連帯経済の5つの柱、すなわち“社会的使命に根ざした、あるいは社会的に責任のあるガバナンス”、“価値観の啓発”、“社会的開発業務”、“環境保護”および“持続可能性”をフリー・レンジ・チキン・サプライチェーンに適用する方法について語った。

そして金融に関するセッションが始まった。シンガポールにあるImpact Investment Exchange Asiaのマグヌス・ヤング氏は、アジアにおける社会的投資の機会について説明し、その後補完通貨についての専門家廣田裕之社会的補完通貨についての説明を行った。その後ケーススタディが3つ発表された: インドネシアのネガラ銀行PNPMがインドネシア語で発表を行い、フィリピンにあるコメとタマネギのサプライチェーンAPPENDが、より良好な条件で農家への融資状況が改善した話を行った。午後にはASEF市場が開催され、バイオエタノール、家屋、手芸品や観光業などさまざまな業種が紹介され、その後ラチマット・モコドンガン氏が北スラウェシ州における有機米の農業を、ピット・ヘイン・プスン氏がManadokotaと呼ばれるマナド市内のITセンターを紹介し、両方の場合でも マパルスの重要性が強調された。最後にシグマ・グローバルのハサン・チャンドラ氏が実業家の立場から、融資を得る困難性について話を行った。

最終日(10月3日(水))は、連帯経済の概念に関する発表3つから始まった。サム・ラトゥランギ大学のヘルマン・カラモイおよびジュリー・ソンダク両教授は、“非営利団体の一つ”、“主にチャリティの基金およびボランティアを通じて商品およびサービスを提供する非営利団体の一部” (Kam, 2010)および“利益あるいは社会への価値を提供および改善する上でビジネスの手法および慣行を適用する組織”という社会的企業の定義を紹介し、これらをチャリティと伝統的な企業の中間に位置づけ、社会的企業の説明責任の重要性を強調した。CCEDNETのイヴォン・ポワリエは、社会的経済、社会的企業や第3セクター(日本語の第3セクターとは違い、英語の第3セクターは非営利セクターの意味)など連帯経済関連で似てはいるものの異なる概念を説明し、世界各地にあるさまざまな概念は強みである一方、これらの努力を統合することは大きな課題であると語った。ブリティッシュ・カウンシルのキム・ショミ(韓国)は、社会変革に若者を巻き込むプロジェクトであるグローバル・チェンジメーカーについて語った。そしてサム・ラトゥランギ大学国際ビジネス経営学院の教員が、教育経験および別のコミュニティ研修センターILMUについて話した。

そして最後の全体会では、発表が4つ行われた。AKSI-UI財団(インドネシア)のベニート・ロプララン氏とデウィ・フタバラト女史は、インドネシア人がマレーシア人あるいは東ティモール人と協力している事例を紹介した。Ekovivo(フランス)のオリヴィエ・アンドラン氏およびフロランス・ヴァル女史は、ウェブ上での視覚性を高めることにより社会的企業が融資を受けやすくするプロジェクトを紹介した。リカルト・B・アベフエラ氏およびモニック・センケイ女史は、インドネシアとフィリピンとの国境地帯の島に適用されている合意が、今となっては両国間の貿易を妨げ、連帯経済の推進においても障害となっていることを指摘した。そして最後にサム・ラトゥランギ大学国際ビジネス経営学院のイヴァナ・テー女史が、アジアにおける連帯経済の活動家が生産した商品を販売するポータルサイトとしてのwww.asefonlinemall.comを紹介した。そして閉会式では、素晴らしい社会的企業のプロジェクトを提出した学生に対して賞が授与された。

このフォーラムがビジネススクールによって開催されたことは、メリットもデメリットもあったといえる。メリットとしてはビジネス管理やマーケティングなどのスキルにおける専門知識を強調したい。また、インドネシアでは英語は公用語になっていないことを考えると、同学院の学生の流暢な英語力は評価に値するといえよう。

しかし同時に、このフォーラムではアジア、特に開催国インドネシアにおける連帯経済の将来に対していくつかの課題も提示された。まず、このフォーラムでは社会的企業が中心に据えられ、協同組合運動や自主運営、およびこれら企業と社会的運動との関連に対して十分に脚光が当てられているとは言えなかった。中南米の事例を知る筆者の観点からすると、連帯経済、特に貧困削減における中間層の役割は、中間層自身が社会的企業を作るというよりも、貧困層が自分たちの協同組合を設立できるよう支援することであるが、アジアと中南米の歴史的背景が完全に異なり、かつてのチャリティプロジェクトから社会的企業が発展してきた事実を鑑みると、少なくてもアジア各国での業績全てに対してきちんとした敬意を払う必要がある。

もう一点、会議中インドネシア語がそれほど使われなかったことにより、一般インドネシア人がこの貴重な会議に参加できなかったことも残念な点として指摘しておきたい。連帯経済は普通の人たちのためのものである以上、一般民が理解できる形で会議を行い、具体的には英語とインドネシア語との同時通訳が提供されていれば理解に役立ったことだろう。



  • 鶴岡達也: 初めましてこんにちは。 たまたまこちらの記事にたどり着いたのですが、地域通貨の国際大会が行われたと知
  • トラネコ (@Toraneko280): 政治が無策でも世界は手を差し伸べてくれる。大航海時代を開いたポルトガルは不思議に日本的な部分が有る。
  • ほんだ さちよ: すごくおもしろい企画ですね。わたしはベルギー在住ですが、ベルギーでも農業という形で受け入れてくれると