連帯経済情報@日本語

Archive for 12月 2011

さて、福島原発事故以来福島の農家は苦境に立たされていますが、ポルトガルから日本の農民を支援する情報が入りましたのでお届けしたいと思います。ポルトガル語の記事を和訳しましたので、ぜひご覧ください。

日本から海外への農業移民というと意外に思われるかもしれませんが、歴史的に見ると南米、特にブラジル(ここもポルトガル語圏)に日本から数多くの移民が渡航しており、現地の農業の向上に一役買っています。そういう点では、このプロジェクトも面白い展開になるかもしれません。

原文のURL(ポルトガル語): http://sol.sapo.pt/inicio/Sociedade/Interior.aspx?content_id=32110#.TvoXkf_BRXM.facebook

ポルトガル、福島の若者を受け入れ

2011年10月26日
文責: ソニア・バラステイロ

イダーニャ・ア・ノーヴァが原子力事故の影響を受けた福島の農民10名を受け入れ。プロジェクトにより農民に新しいチャンスを与え、農民は地域に才能と市場を持ち込む

3月11日の原子力事故の影響を受けた福島から日本人農民10名が間もなく、カステロ・ブランコ(Castelo Branco)県イダーニャ・ア・ノーヴァ(Idanha-a-Nova)の農村で働き生活を始める。これは、日本人の「命を助ける」目的で、地元の町役場と日本人のNPOとの間での提携関係によるものである。

これを実現するため、町役場はエルダーデ・ド・コート・ダ・ヴァルゼアの土地60ヘクタールを提供し、ここで移民は今後生活し、有機農産物を生産する。フランスに拠点を置く日本人NPO(カルフール・ド・ラール・ド・ヴィーヴル)が、認定を受けた有機果樹栽培および農民が住むことになる住居の修復に40万ユーロ(約4000万円)を投資する。

同NPOのカゲヤマ・ヒロコ会長は翌月(2011年11月)、日本人ボランティア16名を引き連れてイダーニャ・ア・ノーヴァを訪れ、住居の整備および農民の到来に受けた準備を開始する。

農民の到着は、数ヵ月後になる見込みである。「当面は、日本政府の規制により農民は日本に滞在しなければなりません。日本に滞在することによってのみ、事故の被害による賠償金を全額受け取ることができるのです」と、16年前からパリ在住のカゲヤマ・ヒロコは説明する。

原子力事故までは若者は農業で生活をしていたが、現在は賠償金のおかげで生活をしている。

ポルトガルに到着すると、地元の土壌の特性の学習・認識に加え、これらイダーニャ・ア・ノーヴァの新しい住民は地域社会に溶け込むこととなる。このため、最初の数ヶ月はポルトガル語教室に通って地元の人たちと意思疎通ができるようにすると、翌月(2011年11月)東京を訪れてプロジェクトを説明するイダーニャ・ア・ノーヴァのアルミンド・ジャシント助役が語った。

町役場によると、これら若者は家族を同伴し、家族とともに町内に居住することが可能である。

ポルトガル人家族が孤児を受け入れ

これら農民10名に加え町役場および同NPOはイダーニャ・ア・ノーヴァに、原子力災害により家族を失った日本人学生を受け入れる計画である。

このプロジェクトは農民プロジェクトと比べると多少遅れているが、18歳前後の孤児が、カステロ・ブランコの技術学院の一部を構成するイダーニャ経営高等学院に留学できるようにするというものである。

同時に孤児は、イダーニャ・ア・ノーヴァの家族に統合される。現在のところ、ポルトガルに留学することになる学生を選抜中である。農民に関しては、(2012年)8月には移住を完了することとなる。

日本人側の提案

イダーニャ・ア・ノーヴァに日本人を移住させるというアイデアは、カゲヤマ・ヒロコの発案である。この10年間彼女はポルトガルを何度も旅行しており、カステロ・ブランコにも頻繁に訪れており、ここで文化活動を実施している。

3月に原子力事故が発生したときに、ヒロコは地域の能力およびニーズを思い出した。「日本で悲劇が発生した際、私はカステロ・ブランコ県が非常に肥沃であることを思い出しました。そして、この地域では人が必要なのです」

7月に彼女はイダーニャの助役に連絡し、助役が彼女のアイデアに見合うプロジェクトを開始しようとしていたことを知った。

アルミンド・ジャシントは、イダーニャの農村部において農業を再興するプロジェクト「テーラ・ア・ヴィスタ」を進める準備をしていた。

東京でドキュメンタリーを上映

アルミンド・ジャシントが新しい「提携関係」と呼ぶ関係では、「誰もが得をする」という。責任者によれば地域に人材、新しい知恵および技術的発展が得られ、日本においてこの地域の観光を推進しやすくなる。

「プロジェクトはそれ自体のみに価値があるのではありません。日本人は欧州における流通網を持っており、これによりポルトガルが新しい市場を獲得す手伝いをしてくれます」とアルミンド・ジャシントは考えている。

日本人は新天地で人生を再開するチャンスを得ると町役場は説明する。ヒロコも同様の見通しを持っている。「3月11日の原子力事故以降、彼らは何も輸出できないのです」と、56歳のインテリア建築士は語る。

翌月(2011年11月)東京におけるこのプロジェクトの説明では、ヒロコのチームがイダーニャで作成することになるドキュメンタリーが上映される。農民の来訪に向けて準備する日本人チームには、日本のテレビクルーが同行する。また、ポルトガルの農産物を知るべく、日本人シェフも到来する。

イダーニャの住民はは、すでに新住民の到来を待ち望んでいる。「みんな興味津々で満足しています」と、アルミンド・ジャシントは語る。



  • 鶴岡達也: 初めましてこんにちは。 たまたまこちらの記事にたどり着いたのですが、地域通貨の国際大会が行われたと知
  • トラネコ (@Toraneko280): 政治が無策でも世界は手を差し伸べてくれる。大航海時代を開いたポルトガルは不思議に日本的な部分が有る。
  • ほんだ さちよ: すごくおもしろい企画ですね。わたしはベルギー在住ですが、ベルギーでも農業という形で受け入れてくれると